5月の終わり、田舎の家の敷地の一角で、花茎を伸ばしたギンリョウソウ(銀竜草)。

田舎の家の敷地の一角で、今年もギンリョウソウ(銀竜草)が開花した。

ギンリョウソウの花は竜の頭のような姿をしている。4月下旬頃からゆっくり、スウーッと首(花茎)を伸ばしはじめる。雑木が茂るやや湿り気のある場所で、折り重なった落ち葉の下から顔を出す。

ギンリョウソウの仲間は光合成を行わない腐生植物の代表的な種で、日本全土に分布しているそうだ。たいがい標高の高い山などで見られることが多いらしいが、ここは海抜70mに満たない場所なので、珍しい部類に入るのではないだろうか。

低地に自生する珍しいギンリョウソウ(銀竜草)

ギンリョウソウとの最初の出会いは、かれこれ9年ほど前の2014年に遡る。
4月の終わり頃、私は彼女と一緒に奈良県桜井市へ三輪素麺を調達しに出掛けた。その午後から大神神社(おおみわじんじゃ)へ参拝に伺った時のことだった。

いつものように本殿から狭井神社へと御神水をいただきに巡拝した帰り道、ちょうど磐座神社という薬の神様を祀る摂社の辺りで、ふと見ると、一人の年配女性がじーっと山の斜面の方を凝視している。『何かあったんですか』と気になって声を掛けてみたところ、

『ギンリョウソウ(銀竜草)よ』とそっと教えてくれた。

その方はよほどお好きなご様子で、ギンリョウソウが芽吹き、咲いているのを見つける度に『そこよ、ほらそこ』と案内してくださった。そうでなければ危うく通り過ぎてしまうところだった。
まだ時期が少し早かったせいか、ポツリポツリと咲いていた。『すごい、はじめて見ました!』偶然教えてもらったギンリョウソウの真っ白で神秘的な容姿にとても感銘を受けた。

たまたま、その後ろを通りがかった神職にお尋ねしたところ、本殿より向かって右奥の神宝神社(かんだからじんじゃ)の傍でも見られるとのこと。また、一般の人が入れない社叢の森の禁足地で、ギンリョウソウは群生しているとおっしゃっていた。それを聞いて『清浄な神域に宿る竜神の化身のような尊い植物なのだなあ』とますます感じ入った。

そして、このさり気ない出会いは鮮明に記憶された。

ギンリョウソウ(銀竜草)との不思議な再会

岐阜県側からの平瀬道にて、白山山頂への登山中に現われた、不思議な雲龍。

ギンリョウソウとの二度目の出会いは、標高1,800mを越える高山植物の群落だった。

同じ2014年の7月下旬に、私たちは白山に登頂した。彼女の誕生日に御来光を拝もうと計画をたてたのだ。
白山は、福井・石川・岐阜の三県にまたがる山容の大きな山で、標高は2,702mもある。
最短ルートを選ぶなら、関西からだと福井県側から登るべきなのだが、奇しくも夏山登山真っ盛りの時期で、同県側からは連日バスツアーで多数の登山者が登っている状況だった。
山でのラッシュを出来るだけ避けようと考え、人流が極力少ない岐阜県側からゆっくりと上ることにした。

岐阜県の白川郷から県道451号線で山道に入り、標高1,300m地点のブナの原生林に囲まれたキャンプ場で野営した。白山平瀬道登山口のすぐ傍でベースキャンプを張って、車に荷物を置き、標高も稼げた。
この日の午前中まではどしゃ降りの大雨だったようで、すれ違った白山からの下山者たちは、気の毒にも皆一様にびしょ濡れだった。

白山国立公園内の白水湖。硫黄分を含む湖面はエメラルドグリーンに輝く。

キャンプ場に併設されている青天井の温泉の目前に、白水湖という人造湖があった。温泉の管理人は『これまでに見たことが無いほど、今日は湖水がエメラルドグリーンに輝いている!』とうそぶいていた。露天風呂で、三河弁の気さくなおじさんと仲良くなった。その方は、キャンピングカー仕様のワゴン車で日本中を旅しながら、色鉛筆で風景画を描いているという。最新作品を何点かを見せてもらって親交も深まった。

白山国立公園、平瀬道登山口。

翌日早朝より、二人で登山を開始した。

好天に恵まれ、すれ違う下山者も少なかったが、快適な長い道のりは、なかなかにタイトだった。
途中に大倉山避難小屋などもあり、疲れて寝泊まりしている登山者もいたが、私たちは休憩をとりながら、ゆっくりゆっくりとマイペースで歩みを進めた。
そして驚いたことに、その道の途上でギンリョウソウ(銀竜草)に出会ったのだ。

『あっ、ギンリョウソウだ!』と登山道の脇で見つけたのは彼女だったが、そこは高山植物の群落で周辺では多種多様な植物たちが花を咲かせていた。『こんな高いところにもいるなんて!』それが感動的な二度目の出会い。しかも標高が高い分、開花時期が2ヶ月も後ろ倒しになっているとは思いもよらなかった。まるで先回りして、待っていてくれたかのようだった。なんて素敵な誕生日プレゼントなのだろう!

この時も、うっかりすると危うく通り過ぎるところだった。それくらい繊細な生態の植物なのだ。

白山登頂へ歩む平瀬道の途上に咲いていたギンリョウソウ(銀竜草)。

ほどなくして、夕刻18時頃に九合目のロッジにたどり着いた。数年前より増設された山の施設は、福井県側から登った多くの登山客で賑わっていた。そこは標高2,450mの雲上に位置しており、とても静かで夜空は満天の星に埋め尽くされた。

白山山頂の御来光。

次の日の明け方、頂上から最高の御来光を拝することができた。とても美しい良い思い出となった。

人知れず待っていたギンリョウソウ(銀竜草)

人知れず私たちを待っていたギンリョウソウ(銀竜草)。

その次の年の2015年から、私たちは田舎暮らしの準備をはじめることにした。

京都の奥座敷と言われる田舎の里山と、居住している都会との二拠点生活をスタートさせたのだ。最初のうちは勝手のわからないことが随分あったが、実地に体験的に学びながら、直面する課題を一つ一つ丁寧に消化していった。

そんなある日、わが家の敷地に蔓延る刈っても刈っても生えてくる草たちを、鍬で間引く作業をしていた。雑木が茂る落ち葉ばかりのある箇所を、無造作に鍬でたたいた時のこと。
『あっ!』と思いきや、落ち葉と一緒に何か白いものをたくさん刈ってしまった。そしてやってしまったことに気づいた。

『ギンリョウソウ!』…瞬間の出来事で思わず絶句した。どうしてこんなところに生息しているのだろう。ここは禁足地でもなければ、標高が高いわけでもない。こんな不思議な巡り合わせってあるのだろうか。それが見つかって嬉しかった半面、とても信じられなかった。

それからというもの、その小さな場所でかろうじて生息するギンリョウソウを大切に見守っている。あまり人の手が入らない方が良いのだ。出来るだけ彼らの邪魔をしないように余計なことはしないで、そのまんま、そっとしておいてあげるのが一番だ。

そして、何年もの間、人知れず私たちが里山へ帰ってくるのを待っていてくれたのだ。何て愛らしい植物なのだろう。知らなかったとは言え、鍬でたたいてしまった私を許してほしい。

これまでのストーリーから、私たちは小さな植物たちからの次元を超えたメッセージを確かに受け取った。今はまだ、その本質を上手く言葉で説明できないけれど。

彼らはきっと、始まりも終わりも無い生命の根源からやって来て、沈黙のうちに何か大事なことを伝えようとしているのだろう。

この広大な宇宙で、同じ小さな生命を生きる友人として。

身近な自然から気づいた事

野生植物との対話

ギンリョウソウ(銀竜草)は旅の行く先々で私たちを待っていた。まるで、人生の道案内をする先達みたいで、とても不思議だった。

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