9月に入ってからも、日中はまだ暑さが残るが、朝晩だけはようやく涼しく過ごしやすくなってきた。
昼と夜の寒暖差から発生する丹波霧の風情は、静かでとても神秘的だ。
秋が深まるにつれて、朝の霧も濃厚になってゆく。たっぷりと朝露に濡れた植物たちは、生気を取り戻して、いよいよ活気づいてきた。
この記事の目次
露草(ツユクサ)|日本で古くから親しまれてきた野草
7、8月あまりにも酷暑であったためか、ようやく咲き出した花たちを見つけた。
露草(ツユクサ)は可愛らしく小さな花を咲かせるが、つぼみや鮮やかな青い花が食用だと聞いてからは、生野菜サラダの飾りにトッピングしたりしている。アントシアニンを含んでいるそうで、色も形も、野草だとは思えないくらい淡泊で品がある。
露草(ツユクサ)にはたくさんの別名があり、古くは万葉集にも詠われていて、『月草(ツキクサ)』や『蛍草(ホタルグサ)』の愛称で呼ばれていたそうで、秋の季語にもなっている。
決明子(ケツメイシ)|エビスグサの葉が出てきた
何年か前に、友人からもらった決明子(ケツメイシ)を蒔いておいたのだが、何カ所かから出てきた。
いつも忘れたころに意外なタイミングで、
あっ、こんなところから!
この葉っぱを見つけると、すぐに決明子(ケツメイシ)だ!と言ってしまうのだが、正式にはエビスグサ(決明)といって、その種子のことを決明子(ケツメイシ)と言うのだそうだ。
決明子(ケツメイシ)は、日本ではハブ茶の原料『波布草(ハブソウ)』の代用として使われている。
ハブ茶は芳ばしくて身体もスキッと整うので、何杯でも飲みたくなる。私たちも大好きな薬草茶のうちのひとつだ。
朝顔(アサガオ)|日の出とともにひっそりと咲く花
古来、朝に咲く美しい花のことを朝顔(アサガオ)と呼んだらしい。
現在の朝顔(アサガオ)は、奈良時代、平安時代に生薬として中国からもたらされたもので、当時は牛と交換したほど貴重な薬草だったそうだ。
幼少の頃、植木鉢でみんなこの花を育てていたのを見ていたせいか、朝顔(アサガオ)を見るとなぜか素直に心が和む。
江戸時代には観賞用植物となり、きっと日本で最も一般多様化した園芸植物だろう。
今は畑の片隅でひっそりと咲きだしたが、蔓性であまり放置すると、よろしくないらしい。
育てやすく、観賞用としては今も盛んに栽培されているようだが、放ったらかし過ぎて野生化すると手に負えなくなる…
蔓性の野草はどれも同じだが、危険な側面もあるようだ。
ショウリョウバッタ|おんぶして仲良し親子
日本でいちばん多い、よく見かける種はショウリョウバッタだ。
朝露をたくさん飲んで、みんな幸せそう。
どうしてそんなこというのかと言うと、今夏は酷暑すぎて、即身成仏していく昆虫たちをいろいろと見てきたからだ。日照りがきつ過ぎてかわいそうだった。そういう意味では、虫も草たちもあまり変わりない。
水で命を繋いでいるのだ。
ショウリョウバッタのおんぶして仲良し親子、そういう見方や表現が平和的で良い。
オスがメスにまたがって交尾体制で身体をちょっとずらしながら…なんていう話もあるが、あまり気にしないで。
生姜(ショウガ)|土も薫る清らかさ
さつまいも紅はるかのすぐそばで、生姜(ショウガ)にもたっぷりの朝露がついていた。
依って、水やりの必要性は無し。
生姜(ショウガ)の細長い葉っぱの傾斜が、朝露を茎の中心に、招き寄せているかのよう。
わらと化した枯れ草の上から、ちぎって来たスギナの生葉を、更に重ね重ねる自然農スタイル。
虫たちに葉をかじられつつ、小さな生姜(ショウガ)も何とか頑張っている。
これから伸びようとしている、周囲の紫蘇(シソ)の子供たちも、今年は何か時期がずいぶんと遅れている。
鶴首かぼちゃの花|斜面の草地をを這う土手かぼちゃ
鶴首かぼちゃが、斜面の草地の上ををほふく前進し、勢いよく這いだした。俗に言う、土手かぼちゃだ。
黄色い花もちらほらと咲き出して、まるで太陽に向かって、微笑んでいるかのようだ。
山芋むかご|粒が膨れ茶色が深味を増してきた。
山芋むかごのピーナッツみたいな小さなつぶつぶが、少しずつ膨れてきて、茶色が深味を増してきた。
一粒かじるとみずみずしく、少し粘り気もあって美味しい。楽しみに待った甲斐があった。
むかご御飯を炊いてみたいけど、上手くいくかな。その前に、つまみ食いして無くなりそう。
秋の空|透きとおった朝の光
朝もやが消えて、だんだん明るくなってきた。
太陽さんにおはようと、顔を上げて、軽ろやかに笑顔であいさつをした。
さぁ、今日も一日がんばっていこう!
9.11事件あれから22年|アメリカを襲ったあの日の出来事
おわりに、2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロのルポルタージュを共有したいと思う。あれから22年もの歳月が経過したが、未だに事件の真相は解明されておらず、謎が多いことも事実だ。そして、巻き込まれた犠牲者や遺族の方々にとっては、あまりに大きな惨事であった。
あの時、私の同級生がたまたま現地にいて、帰国してから、連絡してきてくれたのをよく覚えている。
当時、TVやニュースをほとんど見ることが無かった私にとっては、お恥ずかしい限りだが、いまいち臨場感や緊迫感を察知しきれていなかったというか、事の重大さがよく分かっていなかった。
スマホも無く、ネット環境もまだ今ほど普及しておらず、情報の精度もたどたどしかった時代のことだ。それに輪を掛けて、私は何分青二才で、ごくごく未熟者であった。
しかし、もうそろそろ、9.11事件の真相に迫る何か画期的なデータがあっても良さそうなものだ。今ならばネット上で網羅的に共有できる何かあるだろうと期待して調べてみたが、頃合いのものは見つからなかった。
それどころか、当時の貴重な映像資料をチェックするにつけ、悲惨過ぎるVTRの数々は、あまりにもショッキングで酷くて、凄まじくリアルなものばかりであり、見ていてかなり食傷気味となった。
それで、リンク映像は、ナショナルジオグラフィックTVの予告編のみにした。
もう見たくない。こんなことは二度と繰り返してはいけない。
それが唯一の本音であり、そのように自戒しながら、天に祈るのみだ。
身近な自然から気づいた事
昼と夜の寒暖差から発生する丹波霧の風情は、静かでとても神秘的だ。
たっぷりと朝露に濡れた植物たちは、生気を取り戻して、いよいよ活気づいてきた。
9.11のような事件は、二度と繰り返してはいけない。
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